おひとり様のちょっとしたこと

アラフィフ独女のよしなしごとです

【過去旅行記:土04】1997トルコ旅行

1997年のトルコ旅行の手書き日記をここに載せてノートを捨てようプロジェクトです。

1997年9月24日(水)

 オトガルから地下鉄でアクサライへ出、続いてトラムでKENT HOTELにもどる。7:30頃。チェックインは9:00とのこと。ロビーで待つ。トイレもキレイで感激。おまけに9時ジャストに本当に部屋に案内されまた感激。KENTはよいホテルである。シャワーをあび仮眠。12時に起き、買い出しに行く。パン(シミット)を買ってもどり、部屋で待っていたYと共に食べる。

 買い物に出かける。フロントでスーパーはないかと聞いたら、何が欲しいのかと逆に問われる。ただ見たいだけ、と言ったら、退屈しているのか、と。何とか教えてもらう。空港夜明かしは体調不良できつかろうということで、KENTでもう1泊したかったのだが無理だと言われた。

 KENT近隣のホテルをまわり、安かったBILINÇ OTELに決める。ちょっとロシアの香りがする。7000,000TL. どんな部屋だか楽しみ。

 続いてスーパーへ。アラクサイの方。確かにロシア人が多い。娼婦らしき人もいる。怪しい雰囲気。でも危なくはない。スーパーMIGNOSを見る。品ぞろえは別段ヨーロッパのスーパーと変わらない。ÜLKERのバナナウェハースを買う。

 KOSKAを見ながらブルーモスクの方向へ向かう。途中各菓子屋でロクムをcheck. 土産物を購入。多少怪しい感はあるが、どこで買ったところでそれは同じだろうと思う。ついでにじゅうたんも見せられる。シルクのもので7万。買えない値段ではないが、今回は見送る。

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 帰りにロクムを購入し、ホットサンドを食べながら歩いてHotelへ。ゆっくりする。

 

1997年9月25日(木)

 もう最終日だと思うと急に淋しくなる。KENT最後の朝食。Yは調子が悪いらしく食事をパスする。

 KENTのcheck out時、「もう1泊したいって言ってたよね」ときいてくれた。でももう他のホテルを予約したからと言うと、OKと言いながら、どこ?ときくのでBILINÇと言うと、一瞬困った顔をしてからOKと言った。KENTの人はいい人が多いし、特にあのお兄ちゃんはよくしてくれている人なので、もし問題のあるHotelなら「危ないからやめろ」ときっと言ってくれるはずだろう、だから大丈夫だよね、ということでBILINÇに向かう。

 ビリンチホテル。KENTから歩いて5分もかからない。扉をあけたとたん、ロビーにいるロシア人の集団と大荷物の山が目に付く。何も言わなくても予約の日本人は注文の的だったらしくすぐにkeyが出てくる。でも昨日はチェックインは9時って言ってたくせに案の定準備がまだでバーでコーヒーをもらう。トルコ語しかできないおじちゃんはとても親切。電球を2個持って、ついてこいと言う。部屋に案内されると、テレビがつけっぱなしになっており、トルコ歌謡が大ボリュームで流れている。おじちゃんは靴をぬぎ、窓ぎわのでっぱりにのぼると、電気を消すように命じ、電球をとりかえ、古い電球を私にもたせ、再び電気をつけて確認させ、と私を助手にし、2つの電球を交換する。部屋入口すぐの電球も切れていたが、「これはいいよね」というようなことを言って去る。

 部屋にいくまでのエレベータに乗った時彼は「Mocow Moscow」と繰り返した。ロビーにいた面々がロシア人だと言いたいらしい。「Oh Moscow」などと答えると「Problem」と。思わず笑ってしまった。

 部屋は変なデッドスペースに面した窓のあるとこで、バスタブはあるが栓はなく、でもお湯は出た。7000,000TLなら合格でしょう。Rose Hotelに泊まってた日本人が「タオルが汚くてくさかった」と言っていたのを思い出しタオルの匂いをかいでみたら、ちゃんとせっけんの香りがしたのでみな喜ぶ。

 両替所を探しながら、トラムの通りを歩くが銀行ばかりでみつからないので、トラムにのりエミノニュに向かう。ボスポラスクルーズに申し込む。特等席であろうと思われる1Fのデッキは既にいっぱい。2Fの席をとる。ヤッケをホテルにおいてきてしまったため寒い。ドルマバフチェ宮殿やボスポラス大橋、ルメリ・ヒサール、そして別荘の数々を見ながら進む。残念ながら天気があまり良くなく、窓際でもなかったため、期待していたほどは楽しめない。色々なものを売りにくる。チャイ・ネスカフェ・ヨーグルト・各国語ガイドブック。そして寒がっている人をターゲットにしたのかラコステのセーター。本物かどうかわからないが、made in Franceと書いてある。そして腕時計。箱の中に山積にして持ってくるのだが、何を血迷ったか「Rolex」などと言う。

 1時間半で到着。みな両替できていないため一文無し状態で、昼も食べられない。人の流れに沿って、急な坂道を20分ほど登り丘の上へ。黒海まで見渡す。道の途中には牛や羊が放牧されていた。

 船でエミノニュにもどり、両替をすませ、ガラタ橋の上でムール貝にチャレンジ。1つ100,000TL. ちょうどやってきたばかりの少年から購入する。写真をとってもいいかときくと、ポーズもとってくれた。

 続いてのびるアイスにチャレンジ。みんなでちょっとずつ食べて捨てる。チョコはともかくバニラはちとせあめの味がする。

 これ以上観光する気もなく、トラムで端まで行ってみようということになり、乗る。終点近くまで行ってもかなり混んでいる。中心地から離れるにつれ、住宅地っぽくなる。ほとんどが集合住宅。建物を解体したあとのガレキが放置されたスペースも目立つ。学校もある。みんな制服を着ていてかわいい。

 終点でおりる。本当に何もない。Mが1駅手前に大きなスーパーを見かけたというのでそこまで歩く。ダイエー系のスーパーみたい。入口で荷物をあずけさせられる。ラインナップ的にはドイツと変わらない。値段も高め。もしかするとここは庶民的ではなく、憧れ的な場所かもしれない。でも現地の女性も結構買い物している。夕食を仕入れる。でもそうざい系のものは売っていないので、お菓子とヨーグルトにする。ÜLKERのウェハースはここには売っていない。ココアビスケットも買う。

 Hotelにもどり夕飯。昼は船の中のビスケット2枚とムール貝だけなので、お腹がすいている。バリバリ食べる。シャワーしてパッキングして9時頃寝る。ロシア人の話声がうるさい。上の階でみしみしいう。ロシア民族舞踊のようなものもきこえてくる。噂にたがわずにぎやかなロシア人。