1996年の卒業旅行の手書き日記をここに載せてノートを捨てようプロジェクトです。
1996年2月21日(水)
アテネ着4:10AM(11:10AM JPN)。徹夜明け小田急で仮眠をとり元気回復という感じ。しかし今日も長い。果たして体はもつだろうか。
入国し、両替。私は1万円のT/Cしかないので現金3千円を機械で替えたらだいぶ損をした。仕方ないけど。物価がよくわからないので困る。
荷物を受け取り、バスでHOTELへ。説明を聞き、解散。部屋に入れたのが6:30頃。まぁこんなもんか、といった部屋。ここに3泊ステイである。
ATHENS CNTER HOTELはオモニア広場の側。アクロポリスまで歩いて行けるようなのでほぼOK。この時期の値段は12500Drs.でコンチの朝食が1人2000Drsだって。1泊朝食付き4000円というところか。安い。
結局休みもせず7時半頃ホテルを出、半ばあてずっぽうにアクロポリスを目指すが迷う。何とか立て直し、到着したと思ったものの「どこから入るの?」状態。最初のハイキング気分もふっとび、疲れ切る。岩から岩を、次々現れる階段を、強風の中クリアしつつ、最終的には金網を乗り越え侵入。そうまでして見るべきものだったかはナゾ。でもここがアテネで一番の見所なのだ。
アクロポリスの後もYの引率にてゼウス神殿やザビオン展示場、国立庭園などを見ながらシンタグマ広場まで歩き、その近辺のホテルで昼食。それから国会議事堂にもどり、無名戦士の墓を守る塀の交代場面を見た。これが今日の中で一番面白かったかも。ふさ飾りのついた帽子、真っ白なタイツに紺のプリーツミニスカート、黒いボンボンのついた赤い大きなクツといったいでたちの兵士が生真面目な顔で足を大きくふりあげ行進する。みんな可愛い格好してるくせにガタイが超デカイ。
iにも行ったが、役立たず。歴史民族博物館へ。全然期待していなかったけれど面白かった。いつの時代のものかは知らないが、きらびやかで独特の衣服や宝飾品。美しかった。見ているうちにすっかりギリシャの歴史だってこと忘れたりして。ヨーロッパって感じなんだもん。
そしてアテネ大学やアカデミーの建物を見ながら、国立考古学博物館へ移動。ここは期待はずれ。あんなに沢山彫刻を見せられてもねぇ?
疲れ切りベンチでウトウト。でもここじゃ終わらない。リカビトスの丘目指して再び徒歩の人。迷いに迷って1h。何とかケーブルの駅を見つけ丘の上にのぼったけど大したことなかった。で、タクシーでオモニア広場までもどり、夕食となったわけであります。ホント長い1日…
明日は5:30 morning call 6:25集合でオプショナルツアー。早く寝なくては。
私は早々に8時すぎに眠ったが、そこにツアコン2人が来て変更についてペコペコと謝っていった。結局アテネ延泊は11人だそうだ。その分1日ツアーをつけてくれるというが…大人って大変だ。